ご無沙汰しております。
なるひこです。
最近は、家庭教師として英語を教えたり、
小学生のサッカーコーチをしたり、
ヨガを始めたりと
なんやかんややることがありました。
ですので自分との対話があまりできずに
良くも悪くもふわっとした日常を過ごしていたのかなと思います。
そういう時にこそ、
事故って起きるもんなんですね。
先日も、美味しいご飯を食べて、
浮かれて自転車を漕いでいると、
思わぬところに段差があり、
自転車とともに一回転し、
頭から落ちてしまいました。
幸い大した怪我もなく
レントゲンとMRIで調べても異常なしで
大丈夫だったわけですけど。
ちょっとびっくりしました。
でも僕って、
サーフィンして命の危機にさらされることが多いというのもあって、
あまり死に対しての特別感がないんですよね。
まあ、この辺の話はまた今度記事にしますけど。
なんせ、死に対しての感覚がふわっとしているんですよね。
だから生きることに対しても必死さがないし、
自分の命の価値に関しても低く見積もっていたんですよね。
でも、事故をしてみて、
それではダメだなと思ったので、
今回は「自分の命に対する価値を上げる方法」について一緒に考えていきましょう。
自分の価値はどう決まる?
さて、自分の価値ってなんでしょう?
どれくらい有名か?
インスタグラムのフォロー数?
どれくらいお金を持っているか?
まあ、そういうのは違うとわかるものの、
自分の価値っていうのがどれくらいなのか
というのはなかなか分からないですよね。
では自分の価値ってどのようにして決まるのでしょうか?
僕の結論はこれです。
自分の価値は、「世の中にどれくらい関与できていると思うか」で決まる。
アドラー心理学の言葉を借りるなら「貢献感」ですね。
ふらふら海外に行き2年過ごして、
自分のタイミングで帰ってきたかと思えば、
親の脛をかじって、
半年間ろくに仕事もせずに
家賃も払わない
家事もほぼしない
だらだらしている。
こんな人間、無価値やと
実際問題そうやし、自分でもそう思ってます。
ただ、そう言ってしまったらそれまでで、
自分で「この無価値な自分」
をどれだけ受け入れられるか
というものが大切になってくる。
ということですね。
これは、「自分の価値というのは自分で決めている」ということですね。
これができていないと、
どれだけ愛を受けても
どれだけ富豪になっても
どれだけモノを手に入れても満たされない。
つまり、
心の豊かさが必要になってくるということです。
そうなると、「自分は無価値だけど豊かだ・幸せだ」
と思うことができるようになり、
どんな時でも乗り越えられていくということですね。
自分の価値は自分できめている。だけど自分だけで決めていいものではない。
しかし、これを極めていくと
自分の無価値性を認識しているので
自分の存在すらも無価値だと思いかねない。
さらに、社会的には無価値なわけなんで、
やっぱりこのままではダメなんですよね。
そんな時に大事になってくるのが人との関わりですね。
自分がどれだけ無価値だと思っていても、
誰かに何かしらの影響を与えているし、
社会的にも人と関わること(労働)が大切になってきますよね。
もうちょっと突き詰めて言うと
自分だけのものと思っているのなら
人間の命に価値はないんです。
でも、
この人を守っていかなければいけないという存在ができた時
この人と一緒に生きていきたいと感じた時
「簡単には死ねない」と感じた時
そんな時に命の価値は上がるんですよね。
自分の中で100だと思っていた命の価値が、
何倍、何十倍にも膨れ上がるのです。
簡単に言うと、
誰かのために生きるということですね。
まずは自分の無価値さを認めて、
豊かさを手に入れる。
その上で、誰かのために生きることで
自分の無価値さから解放される。
そういう流れです。
今後あなたがするべきこと
ある意味、
自分の世界は自分だけで完結している。
でも、誰かのためにと思えたときに初めて命の価値が上がる。
自分は死に対しての恐怖心がないからOKという話ではないのです。
それは、あなたの自己満で済ましていい部分ではないのです。
さらに言うならば、
もし死の恐怖から逃れられたのなら
今後は、それを伝えていかないといけない。
あぐらをかいて座っている場合じゃない。
今度は同じような経験をしている人たちの役に立つことが大切で、
その役割に生きがいを見つけていかなければいけない。
と言うことですね。
まとめ
自分に価値がないと感じたら
ある意味、その感覚は正しいです。
無価値な自分を認めて「心の豊かさ」を感じられるようになりましょう。
それができたら、大切な人(家族・友達・恋人など)を再確認しましょう。
大切な人のために「簡単には死ねない」と思った時に自分の命に対する価値は上がります。
最後に、それができたら今度は人に伝える役割に生きがいを求めましょう。
て言う感じですかね。
p.s.残り1ヶ月半でオーストラリアに戻る予定なんですけど、とりあえずそれまで頑張ります。
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