こんにちは
オーストラリアまで残り1ヶ月のなるひこです。
最近は
家庭教師、
サッカーのコーチ、
ヨガのレッスン、
サーフィンの体験教室、
オーストラリアの説明など
人に伝えたり教えたりすることが多くなってきています。
そこで、今回は「教える」と言うことに関して一緒に考えていきましょう。
先に結論を書いておきます。
教えるとは「自分で考えることを促し見守ること」
優しさとは「あらゆる経験をさせ自立を促すこと」
です。
ではもう少し詳しく書いていきます。
教える
僕はこの言葉がもう全然しっくりこないんですよね。
大人であっても子供であっても、たかが100年を一緒に歩いている仲間と思って生きています。
ですので、子供に上から教えると言う感覚がないんですよね。
大人の方が沢山知っているって本当ですか?
僕の感覚的には
大人はこの地球で生きる為の知識を増やしていて、
それと共に感情を忘れてきているように感じるんですよね。
逆に子供は
知識や複雑に伝えられる能力はないけれど、
その分、いろんな感情を使って全力で楽しもうとしていると思うんですよね。
だから、大人はその忘れた感情をむしろ学ぶ立場でもあるということです。
そう思えば持ちつ持たれつの関係であることがわかるはずです。
だけど大人は知識ベースで喋ってしまう。
これは自分の得意な土俵で戦っているだけなのです。
親子
家庭教師や塾講師をしているとよくあるパターンが親が子供の先回りをしてしまうことです。
親は子供に対して苦労をしてほしくない。
自分が苦労した事を経験しないようにと思って
勉強させたり
進路を決めたり
習い事をさせたりするわけですが
本人の気持ちを全然考えてない場合が多いです。
子供もなぜ勉強したら良いのかが分からないから、全然勉強する気になんてなれない。
なのに、親に怒られて自分はダメな子なんだと自分自身にレッテルを貼ってしまうんですね。
そうじゃなくて、基本的に全部自分で考えさせる。
〜していい?と聞く子供がいますが
それは、普段親から許可をもらわないと選択できなくなってきているということです。
そうじゃなくて
「それは自分で決めて良いんだよ」
「自分で決めて、その人生の責任は自分でとるんだよ。」
と伝える事が教育において大切なことではないでしょうか?
最終決定権を本人にさせるということですね。
子供は子供。自分は自分と、ちゃんと線引きすること。
自分は経験したから、という偉そうな理由で勝手にアドバイスをしないということです。
厳しくすること
ちょっと話はそれますけど
令和になって、なにをしてもハラスメントと言われるようになりました。
もう怒ってくれる大人がいなくなってきているんです。
自分で自覚を持って自分に厳しくできる人間だけが強くなれるということですね。
経験を買ってもらう
相手のきつい・苦しいを
経験したことあると言う理由でするアドバイスに愛があるのか
それは、相手の経験を奪っている行為であると知っていて欲しいです。
大人が先回りして答えを決める教育は子供の考える力を奪っていると言うことですね。
そして自分の正義を押し付けているだけ。
自分お世間体を守ろうとしているだけです。
そんなん教育じゃなくないですか?
それは究極的には自己満だと思うのです。
共に生きる
そして僕がしたいのは、そんな立場を超えたみんなで一緒に生きると言うこと
嬉しい時は一緒に笑って
悲しい時は一緒に泣いて
時にはお互い対立しあって
そうやってそれぞれがそれぞれの自分を感じて生きていけたら最高ですね
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